津次郎

映画の感想+ブログ

李相日のような重み 愚行録 (2017年製作の映画)

愚行録

4.5
冒頭のバスのシーンに、主人公の心象が表現されている──と思う。
席を譲ったらどうかと勧める場面は、現実には殆ど見たことがないが、都市で見かける善意の提唱は、端から見て歪(いびつ)にしか見えない。

『年寄りには席を譲るべきだが、あなたに私の何が解る?なぜ、そんな無邪気な善意をかざすことができるのか?世の中はそんなに単純なものなのか?』──という感じ、だろうか。
闇を背負った田中が、脚をひきずってみせたのは、とてもよく理解できる。

人の醜悪さの表現が、李相日と共振する。じっさい李相日だと思って見ていたところがある。新しい監督の、事実上のデビュー作なのは驚いた。蜜蜂と遠雷(2019)は未見だが、堂に入った演出力である。

プロットに児童虐待と惨殺事件がある。
虐待は時事的であるし、事件は大晦日の世田谷の一件を思わせる。

感心するのは現場が一切描かれないこと。虐待も殺人も、まったく描かずに、述懐だけで、その禍々しさを表現している。
ドキュメントを知っていて、新人とはいえ、使い手だと思った。

役者が、期待どおりの演技をしている。妻夫木と満島なのも、映画が、絶対的な演技力を必要としていることが判る。

ナツハラさんの松本若菜は地方出身の苦労人なのだが、高貴な顔立ちで、都市型のズルい女が似合ってしまうのが面白い。

小出恵介は、素行はともかくとして、いい役者だった。顔がいいし馬鹿を模する技巧もある。ストロベリーナイトのSPだったか「腐った官僚と刺し違えて胸を張って桜田門を去って行ったんだ」と叫ぶシーン、とてもよく覚えている。
また濱田マリにこの方向性があるとは知らなかった。監督は慧眼でもある。

田中が突如ミヤムラさんを撲殺してしまうのはやや微妙に思われた。が、複層の時系列を述懐だけでまとめているし、いい意味で疲れるほどリアル。どっしりした見応えがあった。