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少年が、小動物に紐をゆわえつけて、動きに難儀しているのを見て、嘲笑している。残酷だが、幼さでもある。だが、かれはその枷を背負って生きる……
春夏秋冬~は忘れられない映画だ。うまく言えないが、人の業(ごう)、輪廻が象徴的に描かれていた。
魚と寝る女、悪い男、絶対の愛、弓、うつせみ、サマリア……話も状況もちがうが、極限状態の欲に焦点するテーマは一貫していたと思う。
が、なぜか知らないが、キムギドク監督は、どんどん隈路に迷い込んでいった。
熱っぽい作家だったのが、近年になって、近視眼になり、なんか、言いたいことがありそうな──のは解るけれど、小品化、アマチュア化してきた。フイルムも35ミリでなくて習作の印象になった。
キムギドクはイチャンドンとともに韓国映画の高度成長期の先鞭だった。
そのあとに、パクチャヌク、キムジウン、ポンジュノ、ナホンジン等々、きらきらする監督がぞくぞくあらわれた。
韓国映画を意識して見始め、最初の衝撃が、ペパーミントや春夏秋冬だった──ゆえに、練達だった監督が退化した──感がある。
wikiを見たら、その変節の理由がすこしわかった。
『しかし、2008年の『悲夢』の撮影中、自殺未遂シーンを演じていた女優が実際に命を落としかける事故が起きたことにショックを受けて映画製作が困難な状態に陥り、以後の3年間、寒村の山小屋で隠遁生活を送った。』(Wikipediaキム・ギドクより)
その後エンタメ系ニュースで「メビウス」出演の女優から暴行で起訴された、とか、過去作に出演した女優から、MeTooの動きと連動して、モラハラ/パワハラの告発があがっている、などの報道があった。
ほんとのところも、キムギドク監督のひととなりも、知る由もないことだが、本作に出演している藤井美菜は、この映画の会見で「キム・ギドク監督と仕事ができてうれしかった、撮影現場は常に楽しい雰囲気だった」と答えていた。
とうぜん疑惑のスポイルを企図した発言だったと思う。藤井美菜は賢いひとで、日本で主役を張らず、台湾や韓国などアジアに主力して、浮かずとも、沈まない立脚点を確立している。立ち回りに戦略性がある。見ばえと努力あってのバリューだが、展望と業界バランスがたくみ。うまく泳ぐひとだと思う。
そんな藤井美菜とオダギリジョー、チャングンソク、鯨とりのアンソンギまで配した豪華出演陣だが、映画は、描写がおなじキムギドクとは思えないほどつたない。むかしと比べて力量がかんぜんに劣化している。カメラが近すぎるし、フレームもぜんぜん決めない。なんかオーディションリールを見ている感じ。が、腐っても鯛、テーマだけ、キムギドクが残っていた。