津次郎

なんか書いた

寒いので壁紙をハワイにしました。

有名人は、じぶんが何が好きなのかを公表できる。
聞かれるから、それが言える──構造がある。
一般庶民は、何が好きなのか聞かれないから、公表できない。
その、そこはかとない鬱憤が、SNSやブログや映画レビューの動機になっている──と思う。
とはいえ、何が好きか聞かれ、エンタメニュース等で報道されるのは人気者や超有名人だけである。

あまり有名でない人のほうが、自らの売り込みを兼ねて自分の好きを押し出してくる。
昔っから、ハワイ大好きっていう人が一定数いる。
セレブや芸能人にとても多い。
じっさいセレブや有名人は、年末年始など恒例のごとくハワイへ飛ぶ。
日本人にとってハワイ休暇は、成功者や小金持ちのステイタスシンボルでもある。

わたしは、ハワイ好きっていうのを見聞きするたび、ハワイが嫌いな人っているんだろうか?と思う。
有名になると小金ができる。
されどすごく有名なわけではないから暇もできる。
そこでしょっちゅうハワイに行く。
日本とハワイのコントラストは刺激的なものだ。
まさに別世界である。
だから、むしょうにハワイの魅力を喧伝したくなる。
それでハワイ大好きを掲げる人が後を絶たない。
100%が若い女性だ。(例外はありませんw)

万人に好かれているものがある。
ラーメンやディズニーやダイエットなど。
万人に好かれているものを好きと言ってしまうと、安直な人に見えてしまうことがある。
だって、みんなが好きなんだから。
浅はかだし芸がない。
浅はかで芸がなくても、誰もが享受できるものなら、親しみやすさを表明できる。つながることもできる。
ハワイも万人に好かれるものだと思う。
しかしそれを好きと言うのはいいとしても、ハワイに行くには時間とお金が必要になる。
誰もが享受できるものとは言い難い。

庶民にとってハワイは金繰りと休暇繰りを何年もやって、やっと行ける楽園であり、その頻度に照らし合わせたら「好き」はないかもしれない。
人生で一二度行ったことしかないのに好きと言ってしまうのが不自然だからだ。「憧れ」のほうが適切である。

そんな庶民にしてみると、ちょくちょく楽園へ行けちゃってる人はトクベツな人にしか見えない。「憧れ」を何度も享受してる人は、親しみやすい人ではなく「憧れ」る人である。→好意的にとらえるならば。
畢竟、ハワイ好きの公言は自らの優位性を誇示してしまうことがある。

巷には、ハワイの魅力を伝える、特集や記事やメディアが山ほどある。本でもサイトでも動画でもいい。発信者を見るとそれは間違いなく若くてきれいな女性だ。
おっさんでも子供でも老人でも誰でも、あったかくて、食い物がうまくて、きれいなハワイは好きなところにちがいない。だけど大橋巨泉島田紳助つんく、あるいはほかの在住の男性がハワイの魅力を喧伝──そんなの見たことも聞いたこともない。
人々は不文律「ハワイは若い女の人が好きと言っていい場所」を持っている。

たしかに現地の代理店スタッフや案内人やアトラクション世話係の、若い女性に対する態度と、「おまいら」に対する態度には、天と地ほどの隔たりがある。リゾート地で人は開放的になるし落としやすい・落ちやすい環境なのはまちがいないだろう。しかしいくらなんでも土地の魅力を伝えて商売にする人が、ちやほやされたことでハワイ好きになるほど短絡だろうか。

とはいえ発信する女性は、まず、みずからのステイタスバリューがハワイ好きを公言することに適合しているとの確信がある。「憧れ」をちょくちょく享受できるトクベツな人というトクベツ視に耐えうることも知っている。そしてもちろん、自分はハワイ通であるとの自負がある。短絡か短絡でないかといえば、どちらかといえば短絡なひとの処世になるかもしれない。

すると、構造としてはハワイのいいところ、美味しいお店、穴場スポットの紹介の体をしていながら、じっさいはハワイ好きなじぶんアピールのエレメントが勝ることは免れない。現実に若い女性しかやらないのが証左でもある。ならばむしろ水着の写真集と抱き合わせでいいほどであって、このニッチ市場を満たす条件とは、写真集をだすほどじゃないけれど、そこそこ若くきれいで教養ある女性Such As:キャビンアテンダントの転職、ファッション系ユーチューバー、著名ブロガー、リアリティショーの出演経験者、クラブのちいママ、モデルやタレントくずれなど。彼女らは一様に「ハワイ大好き」を謳ってみるのだが、とうぜんそこも激戦地である。だって誰もがハワイが好きなんだから。というわけで抜け出た人は、わりと有名かもしくは金を持っているかのどちらかになるが、もちろん誰が伝えるハワイもまったく同じであるw。

ところが、新型コロナウィルス禍下にあって、ハワイが叶わぬところになってしまった。ニッチな市場から急速に冷える。ハワイの魅力をつたえる若い女性もついぞ見なくなった。「けっ」と思わせるし、小憎たらしいが、同時になんとなく負けるもんかと思わせてくれた彼女たちを見かけなくなって寂しい。
禍が明けたらハワイに行きたくても、その経済的体力も失った。あのまぶしい陽の世界へまた行けるのだろうか。