津次郎

映画の感想+ブログ

さりげない古典 素顔の私を見つめて… (2004年製作の映画)

素顔の私を見つめて・・・

5.0
LGBTがうさんくさいのは、ほとんどの人間にとってのパートナーが、女が好きか、男が好きか以前に、(相手が)いるか、いないかの問題だからだ。

ゲイが差別反対とシュプレヒコールしながらパレードしていても、独り身の人間にとってみれば、おまえの権利なんぞ知るもんか。──なわけ、である。

とりわけ日本では少子高齢と個人主義、格差社会と価値観の分散によって、望むと望まざるにかかわらず、独り身でいる人間が多い。そして色恋から遠ざかり長く独居している彼/彼女は他者との邂逅に恐怖心を持っている。

LGBTの活動とは、そんな環境に気づかず「わたしの恋路を阻む者はゆるさん」と言っていることになる。そうなると──おまえの恋路なんぞ、知るもんか──ということになる。わたし/あなたが男が好きでも、女が好きでも、あるいはほかのいかなる性が好きでも、勝手にすればいい話──である。

だから映画にLGBTの謳いがあるならば、警戒する。こっちはLGBT様に反対も、賛成も、その他いかなる感慨もない。誰が誰を好きだとして、なんの関係があるだろう。

LGBTコンテンツの概要は、同性を好きなことで差別に遭い、その顛末を描いて差別はやめよう──と啓発するものだが、同性愛者がその疎外感を訴えることができるならば、パートナーを欲していながら、孤独を受け容れなければならないストレートの寂しさも訴えることができる──のではなかろうか。
なぜLGBTだけが成就しない恋愛を嘆くことができるのですか。何十億人というストレートが一人寂しく過ごしているこの惑星で。──というギモンというか、そこはかとない懐疑心がLGBTではない人間のなかには、ある。だからLGBTはうさんくさい。

Saving Face(2004)はアメリカ映画。主人公は中国(系アメリカ)人の女性で、医師としてニューヨークに暮らす同性愛者である。

アメリカ映画だがAlice Wu自身も中国系で出演者もほぼ中国(系アメリカ)人で占められている。が、人種および同性愛のマイノリティを謳いにしていない。映画内のどこにもLGBTの弁明があらわれない。だれひとりLGBTのLGBT的スローガンを叫ばない。

プロモーション時こそ「同性愛を扱った映画」で売ったかもしれないが、映画の中では、主人公とそのパートナーが女同士であることを、いささかも焦点せず、たんに恋愛映画として呈示される。

その結果Saving Faceは、(人種や性嗜好などの)特異性をまったく弁解しない映画を通じて、あなたが何国人で誰を好きでも、わたしは気にしませんよ──と言っているように見えている。

わたしたちが打たれるのは貧困や障害やマイノリティや差別や不利益をこうむりながら、そのことをいささかも弁解しない人間の態度ではなかろうか。
欠いていながら不足なしと胸をはる人を嘲弄できる人間はいない。

ただし(もちろん)わたしはじぶんがLGBTではないので見解に遺漏があることは知っている。
新型コロナウィルスが世界を席巻する直前の2020年1月。
ゴールデングローブ賞の授賞式で(The Ellen DeGeneres Showの)エレンデジェネレスの特別賞受賞にたいしてケイトマッキノンがスピーチをした。

『(~中略)(LGBTが冷遇された時代)その恐ろしさを緩和してくれたのはテレビに映るエレンでした。彼女は真実を話すために、自身の人生とキャリアを犠牲にし苦しみます。でも、そのおかげで、世の中の風潮は変わってきています。エレンのような人が炎の中に飛び込んでくれたからです。私自身、エレンをテレビで見ていなかったら、『LGBTQの人はテレビには出られないから私にはテレビは無理』と思っていたでしょう。それだけでなく、自分がエイリアンであり、この世に存在すべきではないと思っていたかもしれません。だからエレン、私に幸せな人生を生きる機会をくれてありがとう。(後略)』

サタデーナイトライブや映画のマッキノンしか見たことがないわたしは彼女が抱えていた屈託がわからなかった。それゆえ、デジェネレスがいたから今のじぶんがある──と涙声で祝福したマッキノンに衝撃をうけた。のだった。

世には「彼らが本気で編むときは、」みたいな似非のLGBT創作がある。「わたしはかわいそうな性同一性障害者でございます」と窮状を訴えてくるLGBTに阿付した似非LGBTコンテンツと本物のLGBTコンテンツを見分けられる分別(リテラシー)は、せめて持ちたい。

映画は、筋も面白く、演出も据わっている。日本映画のばあい「理想だけの青いやつ」が無い袖を振るのが殆どだが、向こうのカルトは技量に支えられている。「人種の坩堝」な環境も経験値もまるで違う。本作はAlice Wu監督のデビュー作だがすでに完成されていた。

Saving Faceで名をあげたもののAlice Wu監督はそのあとまったく映画を撮らず。
あるときぐうぜんネットフリックスでAlice Wu監督を見つけた。
「ハーフオブイット、面白のはこれから、監督アリスウー」
アリスウー?聞き覚えがあるぞ。なんの監督だったっけ・・・。
それが15年越しの2作目The Half of It(2020)だった。