津次郎

映画の感想+ブログ

人生が好転する!? 天使のくれた時間 (2000年製作の映画)

天使のくれた時間 (字幕版)

4.0
The Family Man(2000)は天使のくれた時間の邦題で日本では語り草の名画になっています。わたしもいい映画だと思います。(以下ネタバレがあります。)

が、imdbは6.8をつけています。
6.8は悪くない値ですが、日本では名画枠なので、もっと高い数値でもいい気がします。
Rottentomatoesでも53%と67%。
批評家評は6割に届かず、観客評はimdbと同値になっていました。

つまりアメリカ人は、この映画をそんなに高くは評価していないようです。
その理由をさぐってみました。

あちらの批評家評でみかけた語がsugaryやsyrupy。いずれも甘ったるいという意味です。
predicable(=予測可能な)やsentimental(=感傷的)も。

特長的だったのは酷評している批評家は明解に嫌悪していること。残念な出来──という態度じゃなくて、頭から毛嫌いしていました。

映画は、ウォール街の独身貴族ジャック(ニコラスケイジ)が、黒人の天使(ドンチードル)に出会い、ケイト(ティアレオーニ)と結婚し暮らしている「別の人生」を見せられる、いわばスプリットライフの話。
フランクキャプラの古典It's a Wonderful Life(1946)がモチーフになっています。

批評家が下げた要点は①ケイトと結婚しタイヤを売り子供を世話しながら暮らす「別の人生」が金持ちジャックの目線から軽蔑されていること。
つまり「別の人生」とて中産階級といえるレベルであり、映画を見る人の多くが、およそ「別の人生」のジャックと同じような労働者なのに、まるで窒息しそうな貧困のように描かれていることを問題視しています。
それらはお金よりも愛のほうが大事という結論へもっていくためのプロセスでしたが、描写にブルーカラーとホワイトカラー、お互いの嫌悪感情が見え隠れしていました。批評家はそれをスノッブだと非難しているのです。スノッブとはお高くとまったとか、見下したとか、俗物根性──などのいみです。

②sugary、syrupy、sap=甘いとは、メルヘン仕立てになっていることと、結末の処理です。
空港でジャックはいまにも発つという瀬戸際でケイトに大演説を打って、とどまらせ、カフェで仲むつまじく話し合う──のがラストシークエンスになっていますが、コーヒーを一杯飲んだら、ケイトは発ち、ジャックは元の世界に戻ってしまうかもしれません。ジャックは「別の人生」を知り得ましたが、これから二人が結婚し子供を産むのは、遅すぎるかもしれません。いちおうハッピーエンドといえる結末ですが、ふたりがどうなるのか放棄されています。

また、空港での演説はニコラスケイジゆえに破綻していませんが、少し冷静に考えると、おっそろしくセンチメンタルな、いわば「クサい」シーンです。日本だったら警備員に拿捕されるにちがいありません。また大演説で思いとどまった──からと言って、既に過ごした時間は戻りません。
それらのように、じっさいに解決していないのに解決したように見せてしまう演出を批評家たちは「甘い」と表現したわけです。

③三つ目の問題点はアメリカ人にとって本作の元ネタIt's a Wonderful Lifeが定番だから。──です。
アメリカの家庭ではクリスマスのたびにMiracle on 34th StreetやIt's a Wonderful Lifeを見て過ごすそうです。これはかつて日本人がお正月のたびに忠臣蔵を見ていたようなものでしょう。(今はどうか知りませんが。)
それだけわかりきった定番話であれば、そのリメイクや、モチーフとした作品には白ける可能性があります。よってアメリカでの評価が低くなった──わけです。

以上の③つのポイントに加え、日本人は甘い演出にたいして甘さを感じないことが、天使のくれた時間が、アメリカ人に比べて、日本人に愛されている要因だと思います。

みとめたくないことですが多くの日本人は甘い演出(=感動ポルノ)がすきです。

ただ本作はアメリカ人が言うほどスノッブでもセンチでもありません。甘さも楽しい飛躍と見ることができる、と思います。

わたしがこの映画でよく憶えているのはエヴリン(Lisa Thornhill)とのエピソードです。ジャックに会うたび迫ってくる派手な姉御風女いたでしょう。あれがエヴリン。
不要なタイヤをなんども買い換えてジャックにアプローチしたのになしのつぶて。磊落を装っているのに隣人の夫に入れあげる満たされない結婚生活・・・。かのじょ、なんか気の毒に思えて、それで憶えています。

ところで、日本でもっともゆうめいなビジネス系ユーチューバー兼IT系社長が、この映画を推していました。
わたしは屈折感のまったくないかれがきらいで、きらいな人がなにを挙げるのか、きょうみを持って動画を見たのですが、5選のなかに天使のくれた時間が入っていました。かれ曰く「人生が好転する」とのこと。
らしい発言ですが、知ってのとおり映画を見て人生が好転する──ことはありません。