津次郎

映画の感想+ブログ

腐ってもポランスキー ゴーストライター (2010年製作の映画)

3.6
クリエイターの悪行をじぶんのなかでどう処理するか。という命題がある。

たとえばかつて井上ひさしがすきで読んでいたが「奥さんを殴って書く」というDV体質を知って、読まなくなった。

ウッディアレンがむかし養子に性的いたずらした件に対して、俳優は「もう彼とは仕事をしない」という一派と「仕事にプライベートは関係ない」という一派に分かれた。

セク/パワハラには、程度の差もある。

ジミー・サヴィルのような鬼畜と、一事件だけが取り沙汰されているような人では、罪の重さが天と地ほども違う。

クリエイターとしての優劣も大きな要素になる。

とるに足りない能力の者なら、セク/パワハラの罪状がちいさくても、罪を追及したくなるが、天才なら“天才ならしょうがない”──という気持ちが(正直)ないわけではない。

もちろん天才でも程度が考慮されての裁量にはなるが、いずれにしても、クリエイターの悪行にたいして、各々自分なりの裁決を持っているはずだ。

ポランスキーはどうだろう。ポランスキーの罪は相当大きい。

1977年にジャック・ニコルソン邸で、当時13歳の子役モデル(サマンサ・ゲイマー)に性的行為を強要した罪で逮捕されている。
そればかりか──

『1978年にフランスに移り、市民権を取得した。1979年の作品『テス』で主演をつとめることになるナスターシャ・キンスキーとは、彼女が15歳の頃から性的関係を結んでいた。2010年に女優のシャーロット・ルイスが「わたしもロマン・ポランスキーの被害者のひとり。彼は16歳のわたしに最悪の方法で性的虐待を加えた」と記者会見で公表、監督のアパートで虐待を受けたことを明らかにした。(中略)2017年、アーティストのマリアンヌ・バーナードは、10歳の時にカリフォルニアの海岸でポランスキーから裸になるよう要求され、淫らな行いをされたと証言した。ポランスキーは証言の内容を否定した。』

(ウィキペディア、ロマン・ポランスキーより)

タランティーノのワンスアポンア~に若かりし日のポランスキーが描写されていた。
ローズマリーの赤ちゃんでハリウッドに鮮烈なデビューを果たしたかれは、いわば時代の寵児だった。
無類の女好き、パリピで、シャロンテートだけでなく、大勢の女優にちょっかいを出したことは想像に難くない。

2020年2月28日、セザール賞(フランス国内のアカデミー賞)授賞式でポランスキー監督の『オフィサー・アンド・スパイ』が監督賞を受賞したとき、仏女優のアデルエネルが「恥を知れ!、ペドフィリア万歳!」と抗議の大呼をして、「燃ゆる女の肖像」監督のセリーヌシアマとともに退場した──という報道があった。

新型コロナウィルスが始まったばかりのときのニュースでよく覚えている。

河瀬直美の暴力沙汰が海外では報道されないように、ロマンポランスキーの悪行も、日本ではあまり報道されない。

で、じぶんとしてロマンポランスキーをどう処理するか、という命題に戻る。

若い頃、水の中のナイフや反撥や袋小路を見た。
ポランスキーの映画には得体のしれない恐怖が宿る。

『第二次世界大戦時はドイツがクラクフに作ったユダヤ人ゲットーに押し込められた。ゲットーのユダヤ人が一斉に逮捕される直前、父親はゲットーの有刺鉄線を切って穴を作り、そこから息子を逃がした。父母はドイツ人に別々に連行された。母親はアウシュビッツでドイツ人に虐殺された。また、母親はこの時、妊娠していたとポランスキーは証言している。父親はドイツ人により採石場で強制労働をさせられ、終戦まで生き残った。また自身も、ドイツに占領されたフランスのヴィシー政権下における「ユダヤ人狩り」から逃れるため転々と逃亡した。この体験がポランスキーの作品に深く影響を与えることとなった。』

(ウィキペディア、ロマンポランスキーより)

ローズマリーで名を上げてからも数々の大作名作を手がけた──テス、テナント、チャイナタウン、赤い航路、戦場のピアニスト、オリバーツイスト・・・。

けっきょく、好ましい作品がたくさんあるので、たんなる消費者としてはポランスキーを断罪する気分にならない。

逆に、セク/パワハラの園子温や河瀬直美にたいして、するどい処罰感情をもっている。好きじゃないせいもあるが、かれらが活動できるのはおかしいと考えている。

つまるところクリエイターの悪行をゆるすか/ゆるさないかは、好き嫌いがもっとも影響するのかもしれない。

──

よくできたスリラー映画。
基本的に映画づくりがじょうず。

監督で天才と称したばあい、たんに特異性を言うばあいがある。
とくに日本映画ではそれを才能と称する。
(ほんとは特異性すらないのだが)

しかし天才の基本は、映画づくりの技術を習得していることが前提ではなかろうか。
端的に言ってしまえば、むしろ映画には特異性などいらなくて、観衆を面白がらせる演出技法によって、チケット代分の楽しさを与えてくれさえすればいいはずだ。

ラーメンのつくり方を習得していないラーメン屋はいないが、映画のつくり方を習得していない映画監督はたくさんいる。──という話。

それを踏まえてポランスキーは基本的に映画づくりがじょうず。

映画は、人権的見地から告発されている親米派の前英首相の自伝を代筆する話。スリリングな原作/プロットを、豪華キャストたちが演じている。

キャットラルが婀娜っぽい秘書役だったが、映画のシーンスティーラーはオリヴィア・ウィリアムズ。きれい。

いくつかの海外評でヒッチコックが引き合いされていたがヒッチコック気配は(まったく)なく、政治性も希薄、良質な娯楽映画になっていた。

本作にも出ているが、さまざまな映画でジョン・バーンサルを見かける。ほんとに、じわり、じわりと前へ出てきた苦労人バイプレイヤーだと思う。