津次郎

映画の感想+ブログ

つづくってよ キングダム2 遥かなる大地へ (2022年製作の映画)

キングダム2 遥かなる大地へ

2.0

登場人物の名前に中国史的見地から監修された情趣がない。三国志が好きな中学生がつけたような、当て字とそれっぽい響きの名前になっており、主役格はさらに呼びやすく簡素化されている。

三国志といっても吉川英治のではなくコーエーの三国志で、中学生がかっこいい名前と顔画像でじぶんだけのゲームキャラクターをつくっているうちにコンポジションができてマンガ化に至った──かのような無邪気な雰囲気のプロダクトになっている。

主人公のシン(山崎賢人)は勇猛果敢なキャラクターでこまかいことにこだわらない。
つねにそのキャラクターを全面に押し出す行動・言動をとることでウザさがつらぬき通される。
うぉーと雄叫びとともに敵陣へかけこむとどんなに劣勢であっても気功術のいんちき師匠と従順な弟子たちの関係性のように敵がバタバタたおされる。

戦闘中、いかなる状況であろうとも見得を切る時間が設けられていて主役格はつねに見得を切る。
見得というより自己犠牲の啖呵とそれを覆す仲間意識がセットになった寸劇が白兵戦のさなかに繰り広げられる。
ここは俺がおさえるからおまえらは逃げろ──と言うと、逃げる側が逡巡し押し問答になり、ウザさ&面倒臭さきわまりない。みんなが涙目で問答をやっているときに重騎馬でこっぱみじんに轢き飛ばしてほしかった。
だれかがこの映画で「おれはいいから」という自己犠牲発言とそれを受けての逡巡が何回でてくるかカウントすべきだろう。
緊急性にかかわらず、すべてがそのような愁嘆の布石となるドラマチックな言動になっている。

羌族が殺し合いで継がれていく暗殺集団なのであれば姉貴分と情が交わされる環境に置かれていること自体がおかしい。そもそも姉の羌象にわざわざ山本千尋を起用しておきながら剣舞シーンが1秒もない。卓球スポ根映画に石川佳純をカメオ出演させておきながら試合シーンを撮らなかった──みたいなもんだ。

が、シンは荒っぽい反面情にあつい男でもある。したがって羌瘣(清野菜名)が復讐を誓って悲観論を述べると、おまえを死なせやしねえぞ──などと、ほだされた意見をあてて、ウザさを上塗りする。この、荒っぽい反面情にあついという性格設定は日本のキャラクタライズの定番かつウザさの極地でほんとぶんなぐりたかった。

しかしこの話はキングダムの名のとおり、小規模な人間模様をやっていてはらちがあかない。なにしろ彼らが統べようとしている中原は日本国土の25倍ある。規模的にシンがうぉーと叫んで羌瘣がくるくる回ったとてどうにかなるものではない。

漫画のキングダムを知らない者らは中国史劇スペクタクルとしてこれを見る。じぶんもそうだ。とすれば比較するのはジョンウーの赤壁やチェンカイコーやチャンイーモウ等々になる。それらのスペクタクルに中二な決めセリフはないので、こういう感想にならざるをえない。とくに意地悪を言っているわけではない。

キングダムは中二な愁嘆にたいする耐性と賢人くん耐性とシン、ヒョウ、テン、ヘキなどの恥ずい呼称に対する耐性が面白さを決める鍵になっている。
世間では好評で受け容れられ、なんの問題もないが、耐性が全部ない少数派の感想として参考までに苦痛に満ちた映画体験を語ってみた。