津次郎

映画の感想+ブログ

モノクロなのが救い ムカデ人間2 (2011年製作の映画)

ムカデ人間2 [DVD]

1.8
わたしは日本人なわけですが、洋画がすきで、洋楽もすきです。
たいていのばあい邦画より邦楽よりすきです。
だけど西洋社会に日本人が受け容れられているとは思いません。

住んだことも、行ったこともあまりないので、せっとく力はありませんが、おそらく昔も今も西洋人というものは、アジア人を猿と見なしている(人が多数いる)のだろうなと思っています。むかし読んだアーロン収容所の外国人を信じています。

憧憬をつよくして外国へ行ったひとが幻滅して帰国することがあります。
外国を知っている人ほど、幻影を抱いてはいけない──という教訓をのべます。

きょうび欧米では、差別にたいして、厳しい警戒をしています。

スポーツ選手が「つり目」(東洋人の顔真似)をすると、出場停止のような、過酷な処分をうけます。セルビアのバレーボール選手(Sanja Djurdjevic)がじっさい対タイ戦でそれをやって非難を浴びました。

すぐに沈静するかと思っていたビリーアイリッシュの過去のアジア人にたいする差別発言も長引いています。当人としては、問題のビデオは「13歳か14歳の頃の映像」であったとし、当時は「差別的な言葉だと知らなかった。恥ずかしさと吐き気を覚える」と釈明しているわけですが、アイリッシュ当人は白でも、そのような環境が日常としてあったことを露呈してしまっているわけです。

せんじつもバルセロナに属するフランスのサッカー選手(Antoine GriezmannとOusmane Dembélé)が、日本のホテル内で、日本人を嘲弄した発言のビデオが流出し、炎上しました。

いうまでもなく新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まって以来、白人社会圏で、アジア系人種への迫害が多発しています。根底にある蔑視が露呈しているのだ──と思います。

今、コンプライアンスが厳しいので、公人が表立って差別することはありませんが、たいていの西洋人が日本人なんぞ猿だと見なしている、と個人的には思いますし、そう考える必要がある、とも思っています。

白人社会は日本・日本人を愛してなんぞいません。そのことは冷静に捉えるべきことだと思います。エンタメを通じて得た好感によって外国が融和し得るものと考えるのはあまりにも無邪気です。スターやアイドルがわれわれに向かって微笑むのは当たり前のマーケティングです。

ムカデ人間の構造は、美しい白人女性が、アジア人男性(日本人:北村昭博)のうんこを食うというマゾヒズムにあります。
そこに端を発して、それを実現するための、人間ムカデです。
ひり出す先頭が、アジア人でなければ、たんなるスカトロジーです。
映画が、なぜわざわざそこ(先頭)にアジア人男性を据えたのか、かんがえてみてください。

世の中にムカデ人間を人種差別だと見るひとはひとりもいませんでした。
しかしこう考えてください。
もしムカデ人間の先頭が白人で、後続が黒人やアジア人だったら?

偶然だったのかもしれませんが、ムカデ人間は、人種にたいする、アンチテーゼを呈してしまっていた──のです。
が、そのことはトムシックス自身がよく解っていなかったかもしれません。
究極な構造を発明した──とはいえ、かれは山っ気なひとで、この続編は違う方を向いていました。

でも醜状の雰囲気がサマになる俳優ローレンスRハーヴィーを発見したのが本作でした。

彼は大の親日家であり、公開当時(2012)シネマトゥデイのインタビューでこう言っていました。

『1970年代の歌謡曲やピンク映画などのファンで「谷ナオミの『生贄夫人』が特に好きだ。音楽では(グループサウンズバンドの)アダムス。梶芽衣子も大ファンで、ボックスセットCDを買ったよ!」という玄人志向。日本語も勉強中で「すごく日本マニアだから皆さんに会いに行きたい、そのときは日本語であいさつしたいと思っているよ」と観客にメッセージを送った。』(記事より)

とりわけ日本人が気をよくするのは外国人のこんな発言ではないでしょうか。
しかし無論この逆はないわけです。すなわち日本人男優が外国のインタビューで、外国ポルノやポルノ女優を挙げて大好きだと告白することはない──という話。