津次郎

映画の感想+ブログ

さわやか 浅田家! (2020年製作の映画)

浅田家!

3.8

湯を沸かす~をけなしたので恥ずかしいが良かった。
じめじめしないし弁解がましくない。一貫して陽性で、その陽性ムードを二宮和也が下支えしていた。震災も涙腺素材として扱っていなかったし、愁嘆しても爽やかな二宮和也がどんよりへ落ちるのを跳ね返した。

“政志”の写真には多幸感があり、実在の家族からストーリーをつくっていることで真実味もあった。

ふつうに考えて、無名の他人の家族写真を誰が見たいと思うか──を政志は考慮しなかった。家族で写真を撮って、いいのが撮れたから、東京へ行って写真家になろうとした──わけである。常人からすると、恐ろしい純心さ、無謀さだった。

数多の出版社に断られ、写真集も売れなかった。
が、かたくなに明るい家族写真を標榜しつづけ、けっきょく彼は賞をとり、各地の家族から写真を撮ってほしいと依頼を受けるような写真家として立身する。
とんでもないパラダイムシフトだと思う。

ようするに彼はそんなんで写真家なんかになれるかよ的な固定概念を打破し、彼の生きざまは何かになろうとしながら、その階梯を登り切れずに息切れしたり休んだりしている者らを慰撫したり鼓舞したりしてくれるのだった。

浅田家!は、政志の温情と家族愛を、日本映画らしからぬほがらかさで描き出していたと思う。

──

ところで、東京人が関西弁を話している感じはした。

じぶんは東京でも関西でもないが、日本の映画/ドラマでしばしば「東京人が関西弁を話している感じ」に出会う。

関西人なら、なおさらそれを強く感じるだろうから、よく関西人が関東圏俳優の下手な関西弁を揶揄していることがある。

なぜこれが頻繁におこるのか簡単に言うと日本では東京に文明が集中しすぎているために関東圏俳優が関西人を演じることが圧倒的に多くなるから。

また、方言にはカーストがあり、ポピュラリティによって上下する。

関西弁はポピュラーゆえカースト上位にあり、映画/ドラマでよく使われるので「関西弁へたくそ」がよく言われる──という仕組みになっている。

ちなみにこの映画には関西なまりと東北なまりが出てくるが、関西なまりに文句をつける関西人はいても、東北なまりに文句をつける東北人はいないだろう。

狭い日本とて多数の方言があり弱小な下位カーストの方言もたくさんある。たとえばわたしの出身地域の方言が映画/ドラマに使われているのを聞いたことがない。

方言の巧拙は寛容に受け容れたほうがいいのでは、という話。