津次郎

映画の感想+ブログ

山高帽とフェドラ帽 生きる LIVING (2022年製作の映画)

生きる LIVING

3.7

伊藤雄之助が演じた遊び人風情をトムバークに充てたのもしっくりする人選だったが、Aimee Lou Woodがまさに小田切みきタイプだった。小田切みきタイプとは愛嬌があり単純かつ健全で、よく笑うからみんなにいじられる。──という感じの学内や職場や市井で人気者になるタイプの女性。生きるのポイントは死をまえにした志村喬が小田切みきのほとばしる”生”に励まされるところだ。オリバーハーマナス監督は生きるをよく観察している。むろん黒澤明のを知らなくてもくりくり目でビーバー前歯でぽちゃなAimee Lou Woodは魅力だった。
ビルナイは悪くなかったがなんとなくもっと泥臭い感じの役者のほうがいい気はした。

カズオイシグロの脚本はいいのかわるいのかわからないが、時代とその監修(衣装)と撮影がよかった。おそらく撮影はすごくいいと思う。
最初から古い映画の雰囲気ではじまり、縦横も4:3に切ってある。意図的に古い時代のことを話しているのが強調されていた。

なぜなら現代であれば貯金をおろして若い女性を買うという行為がバケットリストになりえるから。
余命宣告された人が美しいことを為すという保証はないし、現代ならもっとドライにとらえるかもしれない。
多様性や死生観の変化などによってリメイクするにしても現代劇にはできなかった──という感じが伝わってくる時代設定だった。つまりたまたまDQNがこれを見たなら「パパ活しっぱいするじじい」という感想を述べるかもしれない。映画なんてじぶんの好きに捉えればいいので「パパ活しっぱいするじじい」にもなるほどそういう見方もあるね──だが、そう見られないための時代設定なわけである。

公園の設立にみずから現地へおもむいて奮励している課長が、雨のなかへ足をふみだしたとき、懇請していた女性のひとりが傘をさしてあげるショットがそのまま使われている。
生きるをよく覚えていないがまた生きるを見たなら同じ構図がたくさん見つかるのかもしれない。
オリバーハーマナス監督は黒澤明をリメイクするという「恐怖心」をしっかり持っていて変なことは一切やっていなかった。そういうなんというか行儀のいい映画だが、黒澤明のリメイクなんて”行儀よく”以外にはやりようはないだろう──とは思った。

IMDB7.3、RottenTomatoes96%と84%。
RottenTomatoesの批評家は一様にナイを褒めているがいつものナイだったし志村喬の生きる体験者なら悪くないにとどまるのではなかろうかという気はする。

生きるは基本的に官僚主義者が改心して一念発起する話である。が、このリメイクを見るとどちらかといえばいい時代(とそこに生きるいい人)の話──に見えてしまう。

現代社会はたとえ事なかれ主義をつらぬくにしても、この時代よりも複雑で、死をまえにして何かを成しえるという状況にはならないだろう。いずれにしても現実的にはこんな事にはならないから生きるは一種のおとぎ話といえる。
しかし黒澤明の生きるは、というより生きるで課長を演じた志村喬は時代設定も公開年も作り話も超えてがつんと揺さぶるものがあった。ほかのことを忘れても何とも形容しがたい志村喬の表情は覚えている。そういうエピックの焼き増しだから個人的にはじょうずとかていねいなどの感想になった。が、Aimee Lou Woodはとてもよかった。

ビルナイってなんか指先に特徴出るんだよね。