津次郎

映画の感想+ブログ

人ごろしを英雄視する世界 聖地には蜘蛛が巣を張る (2022年製作の映画)

聖地には蜘蛛が巣を張る

3.6

主人公の女性記者こそ架空だがイランのマシュハドで16人の売春婦が殺害された実話にもとづいている。

映画の撮影中当局からの妨害に遭ったほか主演のザル・アミール・エブラヒミがカンヌで女優賞をとるとイラン文化省からフランス政府に「侮辱的で政治的動機に基づく行動」との抗議声明が発表されたという。のちにエブラヒミは何百という脅迫を受けたとCNNに語っている。

ザル・アミール・エブラヒミはもともと2000年代にもっとも人気を博したイランのテレビドラマのヒロインだったが、セックステープが出回って謹慎を余儀なくされたばかりでなく、誹謗中傷の標的になりイランからフランスに亡命したという来歴がある。──そうだ。

イスラムの男社会に蹂躙され放逐された彼女のキャリアは気骨ある女性記者を演じるのに適任で、冷たく射るような眼窩から屈強な信念を感じ取ることができる。

映画は一種のクライムサスペンスで殺害シーンなどリアルに描いているがその怖さよりも16人もの女性をしめコロした男を“聖地を浄化した英雄”と崇めるイスラム社会のほうがずっと怖い。

おりしもテロ組織ハマスの奇襲攻撃(2023/10/07)があり、ニュースは第5次中東戦争が勃発したと叫んでいるせいもあって、余計にこの映画の背景にあるイスラム世界にストレスをおぼえた。

(無知な素人の雑感に過ぎないが)宗教がらみの国家はまともじゃない。ヒジャブの問題にしろかれらは弱者を迫害するのがどう見ても好きな連中だ。

監督のアリアッバシは(ネットで拾い読みしたインタビューの中で)「彼らはセクシュアリティに取りつかれている」と言い、イランという国は当局が「女性を辱めることにある種の快感を得ている」と指摘していた。同感だった。

(真偽は不明だが)Tiktokにハマスらがイスラエル南部でおこなわれていた音楽祭を襲撃し裸にむいた民間人女性をトラックの荷台にのせて「アラーは偉大だ」と叫んでパレードする様子があがっていた。女性はたんにふせているのかシんでいるのかはわからない。親近者がかのじょの足にほどこされたタトゥーから識別・確認したそうだ。

宗教や思想下では善悪が形骸化するものだ──と考えてみても、わたしたちの日常とあまりにもかけ離れた残虐な世界線を受け容れることができない。なぜそんなことをするのか。なぜそんなことができるのか。

この映画が怖いのもわたしたちの世界との違い──あまりにもかけ離れていること──によっている。解りやすく言うと(解りやすくなるか不明だが)マシュハドの夜街頭に立たなければならなかった女性と大久保公園の立ちんぼの違い──のような。

だいたいわたしたちの世界線では勘違いした新聞記者が反体制映画を書いたとしても“当局”から叱られるなんてことはない。