津次郎

映画の感想+ブログ

見ごたえのある双頭 検察側の罪人 (2018年製作の映画)

4.4
原田監督の映画は情報量が多いです。
すなわち登場人物の言動/行動が速くて頻りなのです。ときに同時多発も起こります。
加えて全員が饒舌なうえ、ダイナミックレンジが広いため、セリフを聞き逃すことがあります。
さらに、回さないで寸断する編集が、目まぐるしい印象に拍車をかけています。
しかも、演出力は豪腕です。
スコセッシのようにぐいぐい引き込みます。
乱暴な言い方ですが是枝監督に娯楽性をプラスした感じです。リアリティにエンタメ性が加わるので、豪腕の形容がしっくりするのです。
加えて全然遅い監督ではありません。

素人なりに原田監督の特徴を二三挙げます。
①つ目にはセリフのセリフっぽさを払拭する、があります。
セリフがまるで偶然拾ってしまった音声みたいな現実感を帯びるのです。
佐々幕僚長も後藤田長官も昭和天皇も阿南大佐も鈴木貫太郎も伊上とその母や娘も信次郎とじょごも、かなり日常的な言葉遣いをしていました。振りかぶらないのがとてもリアルです。
突入せよ!「あさま山荘」事件で、現地入りした佐々(役所広司)が、宿舎に戻り、ブーツを脱ぐシーンがあります。紐靴であり、氷点下の雪道を歩いたそれは、凍っていて解けない(ほどけない)のです。それで、県警の女子所員が、靴に湯をかけるのですが、その習慣と理由を知らない佐々は、いきなり足下へお湯をかけられて、たじろぐわけです。
かなりびっくりしながら「ああ!な、なに?なに?なに?」と言います。
個人的にこのセリフまわしに感心しました。映画の登場人物のセリフといえども、それがたとえ幕僚長でも、あるいは天皇陛下でも日常性を逸脱しないわけです。どの映画にもそんなセリフまわしが頻々とあります。

②つ目は特徴的な人物像です。<キャラクタライズ>です。
人に癖っぽさを加味するのですが、他の映画がこれを疎かにしているせいで、とても目立ちます。
金融腐蝕列島ではペットボトルからやたら水を飲む女性アンカー/若村麻由美が出てきます。
あさま山荘では本営も地元もみな特徴的でしたが、間抜けな県警の荒川良々がいい味でした。
母の記では片っぽの鼻穴ふさいでびゅっと鼻汁を飛ばす真野恵里菜が素敵でした。
RETURNでは姉御の赤間麻里子が強烈でした。
いちばん長い日だと本木雅弘の昭和天皇が新解釈だと思います。
駆け込み女では陽月華。ごねる信次郎を「カァー」っと一喝する場面がいいです。また東慶寺で下女として働くお種は、あのきれいな松本若菜なのですが、役回りゆえずっと顎をしゃくっていました。
検察側の罪人では人工喉頭をくっつけて話す殺し屋/芦名星が役得でした。容赦のない憎まれ悪役/酒向芳も際立っていました。また、何気に禅坊が外国人だったりします。

要するにディティールへの腐心です。いうなれば──松本若菜にずっと顎しゃくらせているような──細部へのこだわりが認められます。
分かり易く比較すると、たとえば園子温には独特な人は出てきません。たんに過剰なだけです。反して原田眞人は独特な人を扱っていると思います。

③つ目は編集です。
ここ数作は息子/原田遊人の手になっていますが、基本的に回さないでぜんぶ割ります。思い切った場面転換が、小気味のいいテンポを付与しており、殆どロジャースポティスウッドといって過言ではありません。原田映画の特徴です。

代表的な特徴を挙げましたが、それに加えて状況の妙味です。
たとえば丹野議員が自殺する場面では、東風万智子がすげえ勢いで怒っています。その葬儀では前衛舞踏が演じられ、ぼっけえみたいなメイクの親族が躁状態で泣訴しているのです。
いったい何なのか?と思える「状況の妙味」と「躁状態」がスクリーンの躍動に変わるのです。
加えて、それが「昔どこかで見たことのある女優」であり「まだきれい」であり「怒っていてもやっぱりきれい」であり──の意表をつく東風万智子の起用は、計算づくのはずです。意外性(のある俳優)を掘り出して意外なことをさせるのも原田映画が備えている興趣です。
あるいは、たとえば最上が帰ってくるといつも妻が二胡を弾いています。二胡が妙味です。
映画の登場人物が我々の通俗的な固定概念を裏切るとき、それは「面白い」のです。

また、本作ではレストランやタワーマンションやスーツに、垂涎の高額所得+都市生活が垣間見え、楽しかったです。
個人的には最上の正義感も沖野の正義感もよく理解できました。二人の正義感を両立させた結末は見事であり、鮮やかな終幕だったと思います。
いずれにせよ比類のない世界であり、圧倒的に面白い映画体験でした。

ただ主演が人気者ゆえ仕方がないのかもしれませんが相対批評には負のバイアスが感じられました。
しかし正直なところ、この映画で見た二宮和也の啖呵は、私の映画視聴歴のなかでも終ぞ見ない烈火シーンでした。深作にだってあんな長い台詞での罵倒シーンはないと思います。それをあの端正な童顔でやるわけです。完全に圧倒されました。
二人とも何十年と俳優としてキャリアを積んできて、未だもってなお、出自をだしに演技力がどうこうというレベルで語られてしまうのも、気の毒なことだと思います。