津次郎

映画の感想+ブログ

市民ケーン誕生秘話 Mank/マンク (2020年製作の映画)

Mank/マンク

3.4
80年代や90年代、評論家や文化人が、公開中映画を批評するコラムや、自選映画ベスト10などの特集は、映画情報誌だけでなく、さまざまなメディア系ファッション系雑誌に組まれていた。映画の情報を、紙の媒体から得ていた時代──の話である。

田舎の高校生だったわたしは、それらを感心しながら読んだものだが、大人になるにつれ、評論家の権威主義に嫌気してきた。むかしは映画評論家なる職業があったのだ。淀川さんや水野さんなど、ひとにぎりのテレビ解説者を除けば、御用記者か学閥系だった。
いま紙の映画情報誌があるとすれば、そこにしがみついているのはその流れを汲む権威主義者だけだ。ゆめゆめそんな連中の映画批評を信用してはいけない。(この発言には偏見があります)

それはいいとして。
80年代や90年代に、それらの雑誌のなかで、評論家や文化人が映画ベスト10をやると、かならず市民ケーンが1位になった。
この「かならず」に誇張はまったくない。
かならず市民ケーンが1位になった。

その種の選に参加する評論家や文化人はたいてい壮年から上の人々だった。まず40歳未満ということはない。学者、大学教授、政界、財界、芸能界、放送界、劇界、操觚界、梨園・・・全員が50以上の人々で、とうぜん年齢の影響が選にあらわれた。申し合わせたように市民ケーン天井桟敷の人々第三の男がワンツースリーになった。
たった30年前だが、あの当時のベスト10に多様性はまったくなかった。──つまり権威主義がまかり通っていた。

とはいえ市民ケーンが、いい映画であることに異論はない。
ただ今思えば、選ばれやすい皮相を持った映画だと思う。
知的な人たちの自尊心をくすぐることに加え、人生がぜんぶ入っている感じがする。
本編のセリフにも『2時間で男の一生は描けないが、一生を見たように思わせる』とあった。ほんとである。市民ケーンを見た誰もが、その一生を見たように思った。のである。

この映画は、自動車事故に遭い足を骨折し、オーソンウェルズの依頼でモハービー砂漠の一軒家にこもって市民ケーンの脚本を書くHJマンキーウィッツ通称マンクの、いわゆる「ハリウッド内幕もの」である。
白黒であることに加え撮り方も音楽も往年の方法をもちいていた。
それはいい雰囲気だったが、話が解りにくい。
映画の構造は、巣籠もりして脚本を書いているマンク役ゲイリーオールドマンと速記係のリリーコリンズとユダヤ人の世話係Monika Gossmannが現在の事象で、あとはぜんぶ回想になっている。回想は、市民ケーンを書くに至るまでにマンクに何があったのかを断片で拾っていくが、じぶんは映画の理解力がわりとあるほうだと(勘違い)しているのだが、登場人物が多く、相関も過多で、誰が誰かさえ掴みにくかった。
その解りにくさが、もっと躍動していいはずの内幕を、鈍重にしている──気がした。

おそらくハーストとマリオンが有名な年の差カップルとして周知ならば、違う見え方をするのかもしれないが、こんにち市民ケーンの背景を知っている人は、そうそう多いとは思わない。
そこで、個人的に感じた、この映画の起と結を案内しておくと、起は速記係リタ(リリーコリンズ)の旦那(イギリス空軍に所属する戦地の旦那)の空母が漂流したという手紙で、結は旦那が生きていてオークニー諸島に漂着したという手紙である。回想ではない進行形の話は(簡単に言えば)マンクはアル中だけどいい奴だったという話である。とうぜん移住させてくれたと述懐するユダヤ人世話係の話にもマンクの人柄はあらわれている。それを捉えることが出来たならば、映画は8割補足したも同然だと、個人的には思う。

もちろん興味をもって調べれば選挙や赤狩りやMGMとの主従など、さまざまな歴史上のイベントや命題にぶつかって、より一層楽しめる映画だと思う。

この映画を見たことで確信を深めたのは長すぎるスクリプトを尺に収めたことで、独特のスピード感が(市民ケーンに)生まれていること──である。あの畳み掛ける感じは、マンクの書いた叙事詩が長すぎたから──ではなかろうか。ウェルズはそれを短いカットを重ねていく手法に見せているが、むしろつづめる必要に迫られてフラッシュバックのような映画になった──ような気がしたのである。
ちなみにRKO281(1999)という、やはり市民ケーンの内幕(TV)映画があった。それはマンキーウィッツでなくウェルズが主役で、Liev Schreiberがウェルズ、ジョンマルコビッチがマンキーウィッツだった。
ところで本編ではTom Burkeという人がウェルズ役だったが、声がすごく似ていた気がする。

なおウェルズの声に耳馴染みがあるのは、こどもの頃、母が聴いていた英語教材「家出のドリッピー」をはたで聴くともなしに聴いて育ったから。シドニィ・シェルダン、家出のドリッピー、オーソン・ウェルズ。──世代によってはあるあるだと思う。