津次郎

映画の感想+ブログ

何でもできるダメな男 スティルウォーター (2021年製作の映画)

スティルウォーター (字幕版)

3.4
名匠トムマッカーシーてこともあるが、帽子をかぶった髭のデイモンのサムネ/ポスターにひかれた。

なんの変哲もないチェックのワイシャツとジーンズ。
ダメージ加工ってわけでもない、ただのくたびれた帽子。
エクステンドなGoatee。ときどき帽子のつばにサングラスを載せる。

たぶんあちらの庶民/労働者のごく日常の格好なのに、デイモンがやると超絶かっこいい。

マットデイモンはいい人だ。
慈善事業家であり、よくファンの撮影に収まることで知られている。
「ウォールマートで買い物してたらマットデイモンに会ったよ」という一般人のSNSが、マットデイモンの飾らない庶民性をあらわすエンタメ系ニュースになっているのを見たことがある。
ハリウッドの億万長者なのはまちがいないが、驕りや舌禍のない人格者として認知されている。

結論から言ってしまうとスティルウォーターはいい映画だが、デイモンの善人の気配が、設定から逸脱している。

筋書き上、ビルベイカー(デイモン)はクスリや酒に溺れて、家庭を顧みてこなかったダメな父親だった。

だが娘が異国に収監され妻を自死で失ってからは改心しクスリや酒を断って真面目に働いている。
──その時点から映画がスタートするので、ビルの自堕落が見えない。
映画内でビルはとても一生懸命なお父さん、にしか見えない。わけである。

またビルベイカーは異郷で自分を確立できる男でもある。
英語圏の人間は「地球を歩く」ことに長けている。島国のわたしたちは勝手の解らない欧州でビルベイカーのように振るまうことはできない。

娘アリソンの父にたいする評価は低いが、はたから見ればビルベイカーはどこでも生きられる強い男──であるばかりか、異郷で会った少女と仲良くなり、シングルマザーと懇ろ(ねんごろ)になれるほどの甲斐性持ち、なわけである。

すなわち観衆にとってビルベイカーは、ほとんど何でもできる男であり、その値が映画内の「ダメな父親」という設定と完全に相反しているわけ──なのだった。

──が、しかし、だからこそ映画スティルウォーターは力強かった。

この映画のキーポイントは、空港の土産物売場で、たった1カットだけ出てくるStill Waterの金ネックレスである。

愛憎を経て、父と娘がおたがいの不完全さを認め合うことで、映画は決着をみる。

が、ちょっと長過ぎることと、マヤとの関係はいいがヴィルジニーとねんごろになるのが不要だった。デイモンが「Yes, ma'am.」と言うと、すごくストイックがあらわれる。だけに、異郷での男女関係は映画を失速させた。と思う。
反して少女マヤとビルのコンビはとてもさわやかで、編集だけでも、もっといい映画になれた。気がする。