津次郎

映画の感想+ブログ

巨匠の遊び心 別れる決心 (2022年製作の映画)

別れる決心

3.8

パクヘイルのおっとりしたぼっちゃん顔に油断する。が印象に反してギラギラしている。グエムル漢江の怪物の霊前のシーン覚えていませんか。娘が怪物にさらわれて、まだ生きているのだが行方不明なので葬儀をやっている。そこに叔母のドゥナと叔父のヘイルがやってくる。叔父は姪を愛しているけれどだらしないカンドゥ(ガンホ)のことは嫌いなんだ。パクヘイルがすごく巧いシーンだったし大仰な悲嘆が韓国らしくて印象に残った。
パクヘイルには穏やかな顔付きに相反する情念がある。

過激描写を封印したと評されるDecision to Leave別れる決心だがパクチャヌク監督自身はインタビューに答えて──

『実のところ、今回、観客の皆さんから『ずいぶんロマンティックな映画ですね』などと言われ、これまでのパク・チャヌクの映画とは変わったとおっしゃる方も多いことに驚いています。というのも、私の中では、あくまでもこれまでの作品の延長線上だからです。そんなに大きく変わったかな?というのが、私自身の正直な見解なんですね。もし今までの作品から変わったところがあるとすれば、それは感情表現の仕方においてだと自分では思っています』
『過去の私の映画では、登場人物たちは自分の感情をはっきりと、果敢に表現してきました。しかし本作の登場人物は、いつも我慢し、抑制している。自分の感情を率直に表現することを躊躇している点が、過去の私の作品とは違うような気がしています』

──と述べたそうだ。

パクチャヌクと言えばいびつでまがまがしく暴力的で残酷で猥雑で──というイメージがある。じっさい復讐者に哀れみをオールドボーイクムジャさん渇きやお嬢さんなど主要作品がそのイメージを踏襲している。だから本作のソフトタッチに「過激描写を封印した」という評が付いてまわることになった──わけだった。

が、根底でうごめいている過激さは感じとれる。確かに絵はソフトになっているけれどパクチャヌク節が生きていて、個人的には変わったという感じはしなかった。よって当人の言う『これまでのパク・チャヌクの映画とは変わったとおっしゃる方も多いことに驚いています。』の懐中がわかる気がした。

密度の高い映画で行間に情報量があふれている。映画的遊び心の横溢という感じ。
刑事が蠱惑的な容疑者に惹かれていくという単純な話だが情報にあふれまったく単純な話には見えない。古典的な手触りの映画と思わせながら絵や技巧は斬新そのものだった。

チャヌクはリトルドラマーガールやスノピアサーなどのドラマで海外仕事が増えていたときホームシックにかかって鄭薰姬(チョンフンヒ)が歌うヒット歌謡曲「霧」を聴き、その寂しげな歌詞からこの話を思いついた──とのことだった。
タンウェイが魔性を体現しているがチャヌクによるとLust, Caution(2007)を見て彼女にあてようと書いたものだそうだ。たしかにタンウェイじゃなきゃだめな役だった。

imdb7.3、RotttenTomatoes94%と86%。この回(75回2022年)のカンヌではTriangle of Sadnessがパルムドールをもっていったがパクチャヌクは監督賞をとった。チャヌクの監督賞は完全にうなずける。すべての構図が絵画じみているし、サウンドもいい。洗練された贅沢な時間を過ごすことができる“大人”の映画だった。

表現に共鳴した海外評にこういうのがあった。ガーディアンの評者で──
『危険なほどハンサムな映画撮影、遊び心がありながら正確で、レイヤーと反転した鏡像でいっぱいである。魅惑的で曲がりくねった犯罪ドラマ』