津次郎

映画の感想+ブログ

不品行 エル ELLE (2016年製作の映画)


4.0
現代にH・G・ウェルズの透明人間を翻案するとなればエロネタになるのは免れない。
バーホーベン自身HollowMan(2000)を自虐的に振り返っていて「スタジオの奴隷になった気がした、空っぽな(Hollow)作品だ」との弁がwikiに載っていた。

彼は殊勝な人で、おなじくwikiに、『Showgirls(1995)でゴールデンラズベリー賞のWorst PictureとWorst Directorに選ばれた際、それを受け容れた数少ない監督であるばかりか、会場にて賞を受け取った史上初の監督であった。さらに笑顔でスピーチをした』──との記述があった。

クリエイターって一概に自尊心が強いのだが、まして映画監督ともなればそれが顕著だと思われ、ロクでもないものをつくっておきながら監督でございみたいな顔をしている手合いが多々いる(かもしれない)わけで──個人的にバーホーベンの態度はすごく感心したのだった。

オランダ時代のバーホーベンは禍々しく生理的でアクが強かったのだがハリウッドに渡るとスタジオの意向に与する作風になった。
むろん商業主義にはしったとはいえ、氷の微笑やロボコップなどドル箱監督としての功績は大変なものであって、必要十分な商業監督だったわけだが、里帰りしての大作Black Book(2006)を見たとき、作品も傑出もさることながら、同監督のハリウッド時代に対する自戒が感じられた。

ルトガーハウアーがブレードランナーで一躍有名になったとき、過去出演作が掘り起こされる現象があり、かれがバーホーベンの常連キャストだったことから、オランダ時代がメディア化された。
ルトガーハウアーの知名度にあやかって初期作Turks fruit(1973)も「ルトガー・ハウアー/危険な愛」と邦題されている。
オランダ時代のバーホーベンは、生理的で性的で、なんて言うかギラギラと皮膚的だった。紛れもなく、どこにもない映画を撮っていた。

この映画にはオランダ時代の感覚の復調があると思う。
ただし枯淡で、あの時代のギラつきはない。
とんでもない性愛憎劇なんだけれど、なんか妙に笑えるところがある。
笑うところはないのだが、とても笑える。

そもそも、このときのイザベルユペールは63か4なのだが、色欲のヒロインをバリバリに演じているし、80代くらいの母親は若いつばめとの性愛に耽っている。それが「老いてなお」の感じでなく、ふつうに謳歌している雰囲気が、ヨーロッパ的で楽しい。

侵入者に犯られたり、友人の旦那寝取ったり、息子の嫁が産んだ赤ん坊には色が混じっていたり──描かれている総ては、おびただしいほどの性の壊乱、にもかかわらず、なんか妙に軽調、すこしもどんよりしてこない。こんな話をこんな感じで描けること──そこにバーホーベンが辿り着いた境地を見た気がした。