津次郎

映画の感想+ブログ

以前とは異なる人格にまみえる恐怖

日本人が受けるストレスとはなにか。世にはさまざまな状況の人がいるので一概にはいえないが全員を均してみると、ストレスとはいつもと違う事態に出くわすことであろうと思う。それは例えば事故や事件にまきこまれることともいえるが、事故や事件によらずいつもと違う事態とは、いままでとは違う態度に出くわすこと、ともいえる。すなわち以前とは異なる人格にまみえることが比較的平和な日本で受ける、大きなストレスといえると思う。

2023年に知ったYouTuberがいる。中東の宗教や情勢の研究者として博士号をもっている人だが、時事ネタを中心に、面白くてためになる番組を高頻度で更新した。主知的で保守で正義感がありバランス感覚もユーモアもある。これはすごい人だと思ってチャンネル登録した。
面白かった回は感想をブログに書いたりもしたが、他にも感心した回はたくさんある。

ところがである。
この人物は2024年4月衆院東京15区補選で新進政党の擁立候補となった。9候補中4位の大健闘だったが、それから半年後の2024年10月8日のライブ配信を境に、当該政党扱き下ろしチャンネルに豹変した。具体的に何があったのか、どうしたいのかはわからない。ただ一般的チャンネル登録者が一般的感覚で見たとき彼女は完全に修羅の境地に入っていた。毎日、政党代表や事務総長への苦情や、選挙中自身が被ったことへの不平不満や、政党の不首尾を責めた。毎日である。もともとおしゃれな人だったが毎回初めて見る服を着てしっかり化粧してえんえんと悪態をつく。
むろん彼女の立地がまったく理解できないわけではない。人生で初めての選挙である。妨害にも遭いPTSDを発症したとも聞く。端で見ていただけのわたしたちには想像もできないような経験だったことはまちがいない。党に文句を言いたくなるのも無理はない。
しかし、だとしても毎日扱き下ろしライブをやるものだろうか。これはいったいどういう意味なのだろう。騒動には興味がなく、気味が悪くなって登録を外したが、数えると半年以上にわたり100を超える悪態ライブをやっている。反政党で店を開いていると言っていい。

身の周りで家族や友人・知人や職場の人と今までとは違う緊張した局面になるごとにストレスを感じてきた。いつ終わるのか解らないことでもあるから、文字通り神様に祈ったりもする。
「神様あの厄介な人物との厄介な関係から逃れるにはどうしたらいいですか?」
嫌な人がいなくなってくれたらいいと思ったことがある。誰しもあるだろう。しかし、そう思ってはいけなかっただろうか。毎度あなたに張り付くようにしてストレスを与え続ける人間があらわれたら、その存在をどのように捉えればいいだろう。

世のなかには突如としてこのような陥穽があらわれることがある。それは会社の人間かもしれないし、粘着してくる隣人かもしれないし、あるいはパートナーがかつてとは異なる暴力性をみせるようになったからかもしれないし、あるいは配偶者が病になったりまたは貧困に陥って性格が変わった結果かもしれないし、あるいは老親がぼけたり要介護状態になったからかもしれない。
なんにせよ今までとはちがう態度に出くわして、それがあるていど長期間にわたって続くという落とし穴がわたしたちの行く道に口を開けていることがある。

どうすればよかったんだろう。どうすれば穏便にことを運べたのだろう。長い年月を経てみないと、そのときのストレスにどう対処すればよかったのかわからない。いや年月経たところで、答えがでるわけではない。二度と思い出したくもない、そんな嫌忌事案として記憶の底に堆積していくだけである。

この件はじぶんのことでもないのに大きなストレスを感じた。人間の恐ろしさをかいま見た。誰かが、彼女の本質を見抜けなかったのは党のミスだと言った。いや、毎日粘着して扱き下ろしライブをやるほど怨念に囚われる人物には見えなかった。およそ誰の目にもそうは見えなかったはずだ。前述したとおり、彼女は、主知的で保守で正義感がありバランス感覚もユーモアもある人だったのだ。だからこそストレスだった。このような思いも寄らない豹変に、じぶんが遭うのではないかという不安におびえた。
人様の思いがけない豹変というか地の露呈は人間社会をやっているわれわれにとってもっとも具体的な恐怖の一つだと思う。