
1.8
この映画は日本の迎合的な観衆に受け入れられ、かつlgbtqコンテンツゆえの加点がされて軒並み絶賛されているが、そうではない辛辣な意見を探した。
RottenTomatoesは評者がいないのでメーターがなかったが一つだけ批評があった。ニューヨークポストが運営しているウェブサイトDeciderの評でトマトは腐っていた。
リンク先にはあらましと『問題は、実際の出来事がこれほどまでにメロドラマ的だったのかという点だ。』と書かれたレビューがあった。激しく同意したのでそれを引用し置いておくが、この映画の根本的な問題は、日本映画のほとんどが持っている問題と同じで、(メインキャラを)かわいそうに見せ過ぎるということ。(メインキャラが)ひどいことをされたり言われたりをやりすぎているし、(メインキャラを)純粋真っ直ぐに描きすぎているし、お涙ちょうだい劇場にしすぎている。『メロドラマ的』というDeciderの指摘は日本映画の殆どに言える。それをやめるだけで日本映画はちがって見えるが、逆に言えばそんなことさえ分からないことが日本映画業界の怪奇とも言える。
『This Is I』は実在の人物たちへの善意に満ちた賛辞であり、彼らの苦闘と功績は確かに称賛に値する。しかしドラマ作品としては全く成立しておらず、単調で妙に陰鬱、過剰に長ったらしい(130分)メロドラマであり、同じ憂鬱なドラマティックな展開を延々と繰り返す傾向にある。メロドラマの脚本は薄っぺらく、引き伸ばしすぎて登場人物の深みや活気が失われている。和田と愛の描写は大雑把で動機や感情が曖昧であり、脇役もほとんど単調だ——愛の両親を繊細に描く機会を無駄にしている——これは、詳細や複雑さを伴った物語を語ることに映画全体が関心を示していないことを反映している。
(監督の)松本は題材とテーマを薄め、映画をティーンエイジャー向けの青春メロドラマへと変質させてしまった。物語は大阪から東京へ、そして一時的にタイへと舞台を移し、1981年から2007年までの約30年間を描いているが、CDラジカセのクローズアップや、小さなブイブイ鳴る三角形からキラキラした折りたたみ式携帯電話への進化といった、携帯電話技術の変遷以外には、時代背景を伝える詳細な描写はほとんどない。脚本は突如現れる二つのミュージカルシーンに溺れている。これらはアイの喜びとスターへの夢を映す鮮やかな内面の夢であるべきだが、薄っぺらいドラマの粥に浮かぶ二枚の湿ったクッキーに過ぎない。
映画は劇的な緊張感さえも混乱させる。同じ無能な警官が和田博士を何度も取り調べに連行するものの、その行為の意味合いが全く伝わらない(逮捕されているのか?単なる尋問なのか?残酷で非科学的な行為以外に、一体どんな法律が適用されているのか?)。一方、第三幕はほぼ完全に、和田や愛が切なく心からの感情を吐露し、数拍間をおいて、また別の感情を吐露し、さらに数拍間をおいて、ため息をつき、涙をぬぐい、そして最初の感情を別の言葉で繰り返すという、長く引き伸ばされた過剰なシーンで構成されている。『This Is I』には十分な心があるが、本当に慎重な編集者が必要だ。(DeepL.com(無料版)で翻訳)
https://decider.com/2026/02/18/this-is-i-netflix-review/
引用に『これは、詳細や複雑さを伴った物語を語ることに映画全体が関心を示していないことを反映している。』という一文があるが、これはどういう意味かというと、映画をちゃんと見る人向けにつくっておらず、大衆の上澄みを漁った一過性の人気が出てくれればそれでいいという意味であり、目的は果たしており、ネットフリックス映画としてなんの問題もない。
ところで父親役で千原せいじという人が出ている。
この人は、かわいゆうすけという政治家とじぶんのYouTubeチャンネルで対談したとき、千原せいじの横柄な態度に怒ったかわいゆうすけと口論になった。
千原せいじはかわいゆうすけを制御できる小人物とみなしてじぶんのチャンネルにゲスト出演させたのだが、じぶんよりはるかに口が立ち、かつゲストにもかかわらず弄りたおされたことに怒ったかわいゆうすけの言い分は正論だったため、千原せいじは一方的にまくしたてられた。そもそも千原せいじは(かわいゆうすけがやっている)外国人問題に興味がなく話題性のあるゲストで再生数を稼ごうとしたに過ぎなかった。
じぶんのチャンネルでもあり、言われっぱなしはかっこわるいので、一矢報いてやろうとして千原せいじは──
『お前、いじめられっ子やったやろ?お前いじめられっ子オーラいかついぞ。なぁ?お前いじめられっ子出身やな?あははは!いじめられっ子やな、お前』という捨て台詞、というか最後っ屁を吐いた。追い詰められて本性が出てしまったわけ。
発言は炎上し全ての仕事を降ろされ、天台宗僧侶もやめた。もともと正規ルートの僧侶ではなかった。
で、やらかした人の再起の場であるネットフリックスにでているわけだがぶっきらぼうな印象の父親役を、じっさいにぶっきらぼうな千原せいじに充てただけで役者ではなかった。
いじめられっこ発言で仕事と人望を失ったので、いじめられっこの父親役をやっていい人アピールしようという腹だったのだとしたら、まじでえぐいと思う。
はるな愛さんの苦悩の道のりと素敵な人であることに異議はないが映画はかなまら祭りに便乗して出てくるピンクち◯このお神輿みたいだった。ただし主演男優の望月春希さんは18歳で役者経験も浅いのに上手いし堂々としているし驚異的だった。imdb6.0。